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万灯台
江戸時代、魚津の海の玄関口を明るく照らした万灯台

万燈台

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万燈台
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万燈台
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おすすめ月
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おすすめ時間帯
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PM(時)
12時13時14時15時16時17時18時19時20時21時22時23時
おすすめ指数
ファミリー ★★★★★
カップル ★★★★★
熟年 ★★★★★
体験 ★★★★★
自然 ★★★★★
※疲労度 ★★★★★
滞在時間
短時間向き 長時間向き
どちらでもOK

由来・概要

万灯台(まんとうだい)は、江戸時代末期、慶応元年(1865年)に町奉行士方与八郎が加賀藩に灯台の設置を願い出て、4年後の慶応4年(1868年)第43代町奉行小川渡の時に魚津港最初の燈台として建立したものです。当時は、陸より海上による運輸の場合が多く魚津港(角川河口)にも北海道や滋賀、大阪まで往来する舟がたくさん出入りし、越中米や新川木綿、筵(むしろ)
などを輸出するとともに魚肥(ぎょひ)などが送られてきていました。
この灯台を維持するために、油屋12軒に360貫を貸し渡した利息を油代にあてたことから、この灯台の明かりは、消えることがなかったといわれています。戦後、街の開発のために何度か移転し、昭和57年に最初の建設地すぐそばの現在地に定着したという経緯があります。

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特長・独自性

灯台は高さ5m程で、石造りです。中腹には屋根をつけた小祠(こし)があり航行の安全を祈願して地蔵菩薩を安置していました。この地蔵は、水難事故にあった娘の親が刻んで祀ったと言われています。また、万灯台の傍に「招き地蔵」ともいわれるお地蔵さまがいらして、沖で遭難船があるとこの地蔵さまが招き寄せて、難を免せられたといわれています。
また、万灯台は移設するたびに事故が起きたという言い伝えも、地元の話にあります。

基本情報

所在地 魚津市新角川1丁目 
TEL/FAX −/−
開催時期・時間
交通アクセス情報あいの風とやま鉄道魚津駅より車で7分
魚津ICより車で10分
市民バス市街地巡回ルート 橋場
駐車場なし
施設・設備
ガイドマークの説明

非表示情報

権利情報
参考文献 魚津市史(下巻近代のひかり)、魚津の文化財、伝説うおづ
記録・ランク
調査対象者
取材元
市役所教育委員会 塩田さん
調査日 2011年10月26日
調査担当者 高縁美智子 (梶谷 由樹)
その他特記事項 片貝川や早月川の流域には万堂(まんどう)さんと呼ばれている小祠がいくつかあり、いずれも洪水や水難に関係があるといわれています。
2011年10月からひび割れ部分への樹脂注入や表面洗浄、などの補修を進めている。(市教委生涯学習・スポーツ課にて)
360貫とは?
よく言われるのは、ソバ1杯16文÷300円=18.75円(1文当りの現在の価値)
寛永通宝1,000枚分で1貫文だから18.75×1,000=18,750(1貫文当りの現在の価値)
18,750×360=6,750,000円

まめ知識

【地蔵祭り】
このお地蔵さんは現在、裏の御堂の中に安置され、毎年8月24日に専光寺の住職による地蔵祭りがおこなれます。その年に亡くなられた方の法名も書いてお参りされます
【きれいの秘密】
大町地区の方が草むしりや花をお供えし、きれいに管理されています。お参りに来られる方もいらっしゃいます
【並んで・・・】
昭和28年ごろまで伏木港から移設された木製の灯台と石製の灯台が並んでいました

関連情報